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2018/9 USA家族旅行 10 パートⅡからの続きです。
・・どうもブログの調子が悪くて
    3部作となりました 



観光地としての評価も非常に高い都市であり、外国人のみならず、
アメリカ人の間でも訪れたい都市の上位にランクされている 
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世界的に著名な都市なので、ロサンゼルスと共に州都であると思われがちだが、実際の州都はサクラメント。米国は原則として中小都市に州政府を置く伝統があり、ニューヨークシカゴ州都ではないね 


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1906年4月18日午前5時12分、サンフランシスコ地震がサンフランシスコ市内及びカリフォルニア北部を襲った 
の4分の3以上が灰燼に帰し、ダウンタウンの中心部はほとんど焼けてしまった
死者は数千人に上り市の人口40万人のうち半数以上が住む家を失った
復興が急ピッチで進みノブヒル地区の倒壊した邸宅は、豪華ホテルとなり
サンフランシスコ市庁舎は、見事なボザール様式で再建され、1915年
サンフランシスコ万国博覧会でその再生が祝われた 

1945年国際連合憲章がこの地で起草され、署名されたほか、太平洋戦争を正式に終結させるサンフランシスコ平和条約が締結された 

1989年に大地震が起きたし 小規模の地震は、日常的に起こっている

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サンフランシスコは、丘が多いことで有名で、市内には50以上の丘がある

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サンフランシスコの古くからの中心地は、市北東部の、マーケット・ストリートより北側の地域である。ここにはフィナンシャル・ディストリクトがあり、
その近くには、ショッピング・スポットやホテルの集まったユニオン・スクエア

1960年代のヒッピー文化を育てたヘイト・アシュベリー地区は、
高級なブティックが立ち並ぶ街へと変貌したしボヘミアンな雰囲気も残る

カストロ通り付近(昔はユーレカ・バレーと呼ばれていた地域)は
相変わらずゲイカルチャーの中心地だ世界のゲイの人々にとっては最も人気のある観光地であり、世界最大・最古ゲイ・パレードである
サンフランシスコ・プライド」が開かれる 
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彼方こちらに複数の警官とパトカーが、
 何処にも風体の怪しいホームレスが、多くふらついている 

サンフランシスコ カーアクションの動画 
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サンフランシスコは、誕生以来、今日に至るまで、アジアやラテンアメリカの移民を多く受け入れ、国際色あふれる街となっている。市民の39%が海外生まれ

1950年代におけるビート・ジェネレーションと言われる作家・芸術家らの流入、1960年代のヘイト・アシュブリーにおけるサマー・オブ・ラブでピークに達した社会変動を経て、サンフランシスコはリベラル派の牙城となった

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此処は、サンフランシスコの中でも一番危険なエリア
ヒルトンホテルのあるTaylor Street 
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今夜の宿は、

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えぇ・??
フロントから「歩いて行かず車で行くようにと・
歩いても2~3分の隣の街区なのに

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今になって思えば・・真夜中の街に出かけて

『JAZZ&REVUEV/BLAK・CAT』

勿論、日本人など皆無なライブハウス

恐さ知らずにライブを満喫したなんて 


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